ブラタモリ 小田原 小田原城 総構え 江戸城 小田原攻め 小田原合戦 徳川家康 歴史
引用元:(https://www.nhk-ondemand.jp/)

 

知る人ぞ知るNHKの人気番組ブラタモリ。旅番組やお散歩番組はたくさんありますが、目の付け所が一味も二味も違うタモリさんの独特な番組展開に見ていると惹きつけられてしまうというのが人気番組の所以かもしれません。

今回はこのブラタモリで放送された「小田原」の回の放送内容をまとめてみます。

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テーマは『江戸の原点は小田原にあり?』

武田信玄も上杉謙信も退けた名城・小田原城。城下町全体を囲むように作られた全長9キロの防御ラインで、町そのものを要塞化していました。いまも住宅街に伸びる細長い道が、実は敵の侵入を防ぐ仕掛けだった?戦国の奇想天外な知恵に、タモリさんも脱帽!取材中に発見!家康ゆかりのお宝とは?さらに小田原名物かまぼこが明らかにする小田原と江戸の不思議なつながりとは?その理由を求めて、タモリさんがかまぼこ作りに挑戦!
http://www.nhk.or.jp/

 

何やら渡された紙には謎のキーワードが…。

今では神奈川県10位の規模の小田原市ですが、北条政権時には16万石を誇る石高の大勢力でした。

 

武田信玄も上杉謙信も落とせなかった難攻不落城

北条5代100年に渡り勢力を築いてきた小田原城ですが、なぜ武田や上杉などの強豪の責めにも落ちることがなかったのか。その謎に迫ります。

小田原には江戸よりも早くから上水が完備されていたと言います。小田原上水と言い、小田原城かの街に上水を引くだけでなく、上水路と外堀の2つの役割をしていたと言われています。この質の高い上水と、地元で取れる魚を使ったかまぼこ作りが盛んになったと言われています。

 

タモリさんはかまぼこ作りを体験していました\(^o^)/

 

ブラタモリ 小田原 小田原城 総構え 江戸城 小田原攻め 小田原合戦 徳川家康 歴史
引用元:(http://kagawa5.jp/)

 

海側は上水路をうまく利用した深いで守られていましたが、山側はどのようにしていたかというと、山側は箱根山の噴火により小田原付近まで広がった尾根を使って土塁(土の壁)をつくり、更にもう1段土塁をつくり、その間に障子堀と呼ばれる堀に雨水を溜めていました。その深さは約10m!土塁は滑りやすい赤土で作られているため、1度堀へ落ちて濡れてしまえば2度と土塁を昇ることはできません。

 

このようにして小田原城は城下町をも含めて堀と土塁でで囲ってしまう総構(そうがまえ)という形式を取ることで100年という長い期間落ちることがなかったと言われています。

 

 

徳川家康も真似た総構

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引用元:(http://wako226.exblog.jp/)

 

小田原攻め(小田原合戦)の際に、合戦終了の後に家康は小田原城総構の内部に入り、江戸城築城の際にこの小田原城総構えを手本に江戸城外堀と呼ばれる総構を作ったと言われています。

家康だけでなく、秀吉と共に小田原攻めに出た戦国武将たちは小田原城の総構えのノウハウを元に築城したと言われています。

ここで最初のキーワード『江戸の原点は小田原にあり?』に戻ります。

江戸上水の参考となった日本最古の上水「小田原上水」に、数多くの戦国武将たちが築城の際に参考とした小田原城の総構。まさに江戸の原点は小田原にあったということがわかりました。

 

見方を変えると全く違った姿が見えて来ます

こんな見方があったんんだ!という新しい小田原城の魅力を発見することができた回でした。ぜひ通り過ぎるだけでなく、ぜひ小田原に立ち寄ってみてください。